最後の授業

小学校のウイグル語の授業。


おそらくウイグル語の授業が行われていたのは、ここが最後ではないかと思っている。


村が信じられないような辺境地にあるため、時間がかかった。


交代しながら枝を持ち、黒板の文字を読みながら、

クラスメイトと共に声を張り上げて発音の練習をする子どもたち。


その様子を見て、とても悲しい気持ちになった。

今、この光景を見ることができているのは奇跡で、

おそらく、もう二度と見られないのだと気づいていたから。


近年ウイグル語の授業がとても減ったという。


どうしてウイグル人なのにウイグル語を学べないのか尋ねた。


「ウイグル語では良い仕事につけないから」 らしい。


良い仕事って何?